大阪のオフィス街である淀屋橋~北浜エリアのビル群に、突如江戸時代にタイムスリップしたかのような建物があるのをご存じでしょうか。

江戸時代後期の武士であり蘭学者、医師でもあった緒方洪庵(おがたこうあん)の開いた『適塾(てきじゅく)』です。

洪庵の学識と人柄を慕い、若き日の福沢諭吉や大村益次郎等々、後の日本史に大きな影響を与える人材がここで学びました。

また、19世紀中ごろの姿をそのまま残す古建築で、蘭学塾としては現存唯一の建造物なんです。まさに江戸時代の医術・学問への熱気を体感できる貴重な歴史遺産といえるでしょう。

そんな適塾の魅力・見どころを、周辺の観光スポット・グルメスポットと共に歴史ライターの“帯刀コロク(たてわきころく)”がご紹介します!

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    ※記事内で使用されている写真は、コロナ禍以前に撮影したものも含まれています。

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  • 適塾とは

    最初に適塾のことを軽くおさらいしておきましょう。

    冒頭で述べた通り、この塾の主は江戸時代後期の医師で蘭学者でもあった「緒方洪庵(おがたこうあん)」です。漫画・ドラマの『JIN‐仁‐』でも印象的な役を果たしたことで、その名を覚えている方も多いのではないでしょうか。

    洪庵は当時大流行した天然痘やコレラなどの感染症に対し、西洋医学の知見を取り入れて果敢に医療活動を行った人物です。

    「種痘」という天然痘予防法を日本で本格的に広めた功績がよく知られ、いわばワクチン接種の先駆者ともいえますね。

    そんな洪庵が大阪に開いたのが適塾で、これは「適々斎(てきてきさい)」という彼の号から名付けられたものです。

    適塾では医学や蘭学(西洋の学問)だけでなく、あらゆる学問を自由に研鑽していたといいます。後に適塾の門下生たちを中心に大阪の近代医学教育が担われ、現代の大阪大学などに発展していきました。

    適塾の見どころ

    現在の建物は1845(弘化)年、洪庵が豪商の天王寺屋から購入した町屋がもとになっています。

    大阪の中心部に当時の町屋が現存している事例は非常に珍しく、1964(昭和39)年には重要文化財の指定を受けています。

    のべ1,000人を超える門下生がいたとされ、常に数十人の塾生がひしめくように寝起きしていたといいます。

    そうした適塾の建築としての見どころを、塾生になったつもりで見ていきましょう!

    江戸時代後期の大阪における町屋づくり

    適塾玄関口の様子です。

    薄茶色の案内板左側には、江戸時代の造りによくある小さなくぐり戸が見えます。

    ただしかつての道路拡幅工事により、この玄関の位置は本来より下がっているそうです。

    適塾の外周東側から。間口も広いですが、相当な奥行きのあることがわかりますね。

    こちらは西側。公園になっていて緒方洪庵の座像が建てられています。

    高層ビルとの共演が不思議な風情を醸し出しています。

    中に足を一歩踏み入れると、そこはシックな日本建築の世界。

    シンプルで品のいい設えの座敷が続きます。

    廻り縁を通って次の建物へ。こうした庭を設けられたのは、間口の広い大阪の町屋ならではとのこと。

    振り返ると二階には大きな窓が。これは最初に正面から見えた部分の反対側です。

    延々と続く座敷の光景は、むしろ新鮮かもしれません。

    昔の台所。「へっついさん」などと呼ばれるカマドに、井戸と洗い場があるスッキリした構造です。

    台所の上は高い吹き抜けになっています。これは直火を使うので煙を逃がす意味も。

    暗くてよく見えませんが、じつは各所に現代技術での耐震工事が施されてもいます。

    突き当りの座敷からは、蔵との間の庭が見えます。こちらは広々としており、ほっとするような空間。

    2階へと至る階段は、いずれもめちゃくちゃ急傾斜で一段も高いです。伝統的な日本家屋ではこれが普通だそう。

    つるつる滑る靴下は危険なのと、足腰に不安がある方は十分にご注意ください。

    これらの階段は収納にもなっているという優れモノ。「箱階段」と呼ばれる日本伝統の家具ですね。

    実は適塾の入口すぐから見えるこの井戸も、重要な場所。

    なんでも塾生たちが実験をよく行っていたそうで、アンモニアの精製や豚の頭の解剖などをしていたとのこと。

    あまりのアンモニア臭に近所から苦情がきたとか。

    緒方洪庵の書斎

    では次にこの塾の主、洪庵先生の書斎にうかがいましょう!

    入口から最初の座敷を出てすぐのところに坪庭がありましたが、そこに面した六畳間がそうです。

    丸い吉野窓が特徴的な、とってもシンプルなお部屋。

    でも多忙な洪庵先生に質問しようと、いつも塾生たちが部屋の前に詰めかけていたとも。

    開口部が大きく、外からの光がたっぷりと入ってきていました。

    洪庵先生はここでどのように学問と向き合っていたのでしょう。

    雲が晴れて陽光がさしこむと、輝くような明るさです。

    謎のヅーフ部屋(翻訳辞典書庫)

    次にさきほどの急な階段をのぼって、2階に行ってみましょう。

    手前に見えているのは女中部屋、そしてその奥にあるのが…

    「ヅーフ部屋」です。

    この不思議な呼び名は、適塾に一部(1セット)しかなかったオランダ日本語辞典を所蔵していたことに由来します。

    「ドゥーフ(ヅーフ)辞書」を置いてある部屋、ということですね。

    超希少本だったこの辞典。塾生たちが昼夜を問わず参照し、適塾では夜中でもヅーフ部屋の灯りが絶えることはなかったと伝わっています。

    ※ハルマ(仏)がつくった蘭仏辞書をベースに、ヅーフと長崎通詞(日本人通訳)がつくった蘭和辞書

    ところがこのお部屋、少し奇妙なことがあります。

    ご覧の通り天井が斜めになっており、家屋の一番端であることがわかります。

    塾生たちの大部屋へ至るには小さな出入口が設けられているのですが、現在ヅーフ部屋とされているところの隣は女中たちの部屋。

    位置的に不自然さがあるため、もしかすると本来のヅーフ部屋は別の場所だったのではという説もあるそうです。

    塾生大部屋

    写真は逆側からですが、ヅーフ部屋奥の小さな戸をくぐると…

    塾生たちが寝泊まりしていた大部屋です。

    およそ27~8畳あり、1人につき1畳のスペースが割り当てられたといいます。

    南側は大きく開口し、採光されています。

    実はこの大部屋、「いい席」は成績上位順に埋まっていくというルールがあったようです。

    いったいどこが一番上級のスペースだったのか、訪れた際には考えてみましょう!

    そして南側の窓からは、あるものがよく見えます。それは…

    あの特徴的な丸い吉野窓!そう、洪庵先生の書斎が見えるのです。

    夜遅くまでついていた洪庵の部屋の灯りを見て、塾生たちは師にならって弛まぬ研鑽を積んだといいます。

    柱の刀傷

    さて、それでは適塾でもっとも目をひくといっても過言ではないものをご紹介しましょう。

    塾生大部屋にポツンと立つ「柱」です。

    広いスペースを確保するため、たった一本でこの屋根の梁を支える重要な部材なのですが…近付いてよく見てみると、この柱がとんでもないことに!

    !?

    !!

    !!!

    そう、無数の「刀傷」でおおわれているのです。もはや傷柱。

    実はこれ、塾生たちが付けた傷だといわれています。

    それというのも、適塾では塾生の身分の上下を問わない代わりに完全な実力主義で席次が決まりました。

    成績順に10等級のクラス分けがされ、月に6回ある「会読(かいどく)」という読解テストで3か月連続トップでないと上のクラスに進級できないというシステムだったのです。

    テストでは塾生たちの緊張とストレスもピークに達し、この柱に向けて憂さ晴らしをしたのかもしれません。

    近くでよく見ると、斬る・突く・削る・さらに削る等々、かなりのやんちゃをしています。

    こんな重要な部材をこれだけ傷めて大丈夫なわけがない…と、心配になってしまいますね。

    しかしこの柱は塾生たちの勉学をずっと見守り、そして今も適塾の建物をじっと支え続けてくれています。

    適塾・緒方洪庵に関する展示資料

    適塾内部にはさまざまな関係資料が展示されており、博物館としても機能しています。

    以下、洪庵先生の著書などをいくつかご紹介します。

    『病学通論(びょうがくつうろん)』(複製)。日本語で書かれた初の病理学書。

    『扶氏経験遺訓(ふしけいけんいくん)』(複製)。

    ドイツの医師・フーフェラント著の内科学書のオランダ語訳を、さらに日本語訳したもの。全30巻の大著で、洪庵終生の出版事業だったといわれています。

    『虎狼痢治準(ころりちじゅん)』(複製)。

    当時猛威を振るったコレラへの対処法を記したもの。「百部絶板 不許売買」とクレジットされており、自費出版した100部を対応マニュアルとして医師に無料で配りました。

    『扶氏医戒之略(ふしいかいのりゃく)』

    先述の『扶氏経験遺訓』巻末にある医師の心得を12か条に整理したもの。写真のものには洪庵自らの手による注記が。

    「扶氏医戒之略」1条目「医の世に生活するは人の為のみ、おのれがためにあらずということをその業の本旨とす」とあります。

    現在もこれを理想として掲げる医師も多いるのだそうです。

    ※展示品のなかには撮影不可のものも含まれています。カメラにバッテンのマークがあるものは撮影できませんのでご注意ください。もし撮っていいかどうかわからないものは、職員の方にお問い合わせください。

    ※また、館内は薄暗い箇所もありますが建物自体が重要文化財であるため、撮影のためのフラッシュはご遠慮ください。

    適塾出身の有名人5選

    ここで、適塾で学んだ有名な歴史上の人物を5名ご紹介しましょう!

    福沢諭吉(1835~1901)


    出典:国立国会図書館

    言わずと知れた一万円札の人。諭吉は適塾で10代目の塾頭を務めました。

    めちゃくちゃ秀才ながら、塾生の中ではやんちゃな部類でいろいろなイタズラや武勇伝が残されています。

    適塾での学びは諭吉が後に開学する、慶應義塾へと受け継がれているといいます。

    大村益次郎(1825~1869)


    出典:国立国会図書館

    「日本近代陸軍の父」と呼ばれる長州藩士。適塾では4代目の塾頭を務めました。

    天才的な戦略家として知られる益次郎ですが、その軍事的教養は海外の戦術書などからほぼ独学で習得したといいます。

    久坂玄機(1820~1854)

    長州藩士・久坂玄瑞のお兄さん。代々医師の家柄で、適塾には客分という処遇で入塾し3代目塾頭を務めました。

    長州藩で初めて実施された種痘では主任として、組織的な施術を行いました。

    国際情勢にも明るく、西洋軍学への造詣から多くの戦術書翻訳も手がけています。

    大鳥圭介(1833~1911)


    出典:国立国会図書館

    幕府陸軍の精鋭部隊「伝習隊」の隊長を務め、函館戦争では新撰組副長・土方歳三や榎本武揚らとともに戦った人物。

    日本で初めて金属活字を作ったり、これまた日本初の気球や温度計も作ったりしたすごい人。

    武田斐三郎(たけだあやさぶろう)(1827~1880)


    函館市中央図書館所蔵

    伊予大洲藩(現在の愛媛県大洲市あたり)出身。緒方洪庵のみならず佐久間象山らからも洋学を学び、箱館五稜郭を設計した人物。

    黒船来航の際には吉田松陰らとともにペリー艦隊を実見し、その記録を残しています。

    適塾の場所

    適塾は北浜の高層ビル群のさなかにひっそりと佇んでいます。

    周辺にはレトロな建物や日本建築が集中していて特徴的ですが、意外と狭い通りに面しているので迷わないように位置をよく確認するのをおすすめします。

    また、結構往来があるため外観の写真撮影などには十分ご注意くださいね!

    適 塾

     住所  :大阪市中央区北浜3丁目3番8号
    問合せ :06₋6231₋1970
    開館  :10:00~16:00
    参観料 :一般270円 高校・大学生等140円 中学生以下無料
         団体(20名以上) 一般140円 高校・大学生等80円 中学生以下無料
         以下の方は無料
         ・大阪大学の学生(要学生証提示)
         ・身体障害者手帳、知的障害者療育手帳、精神障害者保健福祉手帳(障がい者手帳アプリ「ミライロID」)又     
           は被爆者健康手帳をご提示いただいた方(付添者1名を含む)
         ・適塾記念会会員
         ・全国通訳案内士登録証又は地域通訳案内士登録証を提示した方
    休館日 :月曜日(国民の祝日の場合は開館)
          国民の祝日の翌日(土・日・祝日の場合は開館)
          年末年始(12月28日~1月4日) アクセス:Osaka Metro御堂筋線淀屋橋駅8番出口より徒歩3分
         京阪電車淀屋橋駅17番出口より徒歩3分   
    地図  :GoogleMAP
    公式HP大阪大学・適塾記念センター

    適塾周辺のグルメ

    おしゃれなお店がひしめく北浜。

    その中でも適塾周辺で、歴史ロマンを感じさせてくれるグルメをご紹介します!

    北浜レトロ

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    本格的な英国式アフタヌーンティーを楽しめる紅茶専門店「北浜レトロ」

    1912(明治45)年に建てられたレトロなビルは、登録有形文化財の指定を受けています。

    店内もおとぎ話の世界のような雰囲気で、窓からは中之島の景色を見渡すこともできますよ。

    ▼詳しくはこちら

    アウェイク

    大阪市中央公会堂の地下にあるレストラン&バル「アウェイク」

    この建物は1918(大正7)年に完成し、国の重要文化財に指定されています。

    “クールモダン”と評されるフレンチ・イタリアンベースのお料理が自慢。

    ▼詳しくはこちら

    花外楼(北浜本店)

    1830(天保元)年創業とい超老舗の料亭、「花外楼(かがいろう)」

    1875(明治8)年にその後の政府方針を議論した「大阪会議」の会場の一つとなったことが知られています。この大阪会議には、木戸孝允(桂小五郎)・大久保利通・板垣退助・伊藤博文・井上馨らそうそうたる顔ぶれが名を連ねました。

    本来は「加賀伊」という店名だったものを、会議の成功を祝して「花外楼」と命名したのは木戸孝允。

    190年にわたり日本料理の精髄を伝える名店です。

    花外楼(北浜本店) 詳細

    営業時間 :昼食 11:00~15:00(L.O.13:30) 夕食 17:00~22:00(L.O.20:00)
    定休日  :日曜日・祝日
    電話番号 :06-6231-7214
    住所   :大阪市中央区北浜1-1-14
    アクセス :京阪本線 北浜駅 29番出口 徒歩1分 Osaka Metro堺筋線 北浜駅 徒歩2分
    予約   ぐるなび
    地図   :Googleマップ
    公式サイト花外楼

    周辺の観光スポット

    適塾周辺には歴史的建造物が織りなすレトロで美しい景観が広がっています。

    そぞろ歩きにぴったりなスポット5か所をご紹介しましょう!

    大阪取引所(と五代友厚像)

    江戸時代、米穀取引の一大中心地のひとつだった北浜。

    この「大阪取引所」で行われた米の決済は、世界初の公設商品先物取引ともいわれています。

    現在の大阪取引所の前身は薩摩の「五代友厚」らが中心となって設立した大阪株式取引所。

    この建物の前には五代友厚の堂々たる立像が建てられ、ファンにとって聖地のひとつになっています。

    中之島公園

    中之島公園-(18)

    1891(明治24)年に大阪市初の公園としてオープンした「中之島公園」

    延長約1.5㎞の中州には公園や様々な文化施設、店舗などが並び、「水都大阪」の情緒を満喫できるスポットです。

    なかでもハイシーズンの薔薇園には色とりどりの品種が咲き誇り、多くの人の憩いの場となっています。

    ▼詳しくはこちら

    中之島図書館

    中之島公園-(54)

    「中之島図書館」は1904(明治37)年に建てられた図書館で、重要文化財に指定されています。

    「ネオ・バロック様式」と呼ばれるスタイルがとってもおしゃれ!

    ここでは古文書や大阪に関連する書籍、そしてビジネス分野の本に特化したラインナップとなっています。

    ▼詳しくはこちら

    大阪市中央公会堂

    中之島公園-(48)

    1918(大正7)年に完成した「中央公会堂」は重要文化財に指定されており、中之島図書館と同じネオ・バロック様式で造られています。

    「北浜の風雲児」と呼ばれ、渋沢栄一らとともに渡米したことでも知られる株式仲買人「岩本栄之助」の寄付によって建設されました。

    現在もコンサートが行われたりライトアップで夜景を彩ったり、圧倒的な存在感を放ち続けています。

    ▼詳しくはこちら

    東洋陶磁美術館

    住友グループから寄贈された国内外の名品陶磁、通称「安宅(あたか)コレクション」を中心に展示する「東洋陶磁美術館」

    中国や高麗・朝鮮時代の陶磁器をメインに、国宝2件・重要文化財13件を含むおよそ4,000点を所蔵しています。

    神秘すら感じさせる、陶磁器の美に酔いしれるひと時を過ごせます。

    ▼詳しくはこちら

    まとめ

    やがて日本史にその名を残す多くの人物が学んだ適塾。

    自由で闊達な学びであるとともに、「医は仁術」を体現した医師たちの牙城でもありました。

    江戸時代から続く大阪の歴史ロマンを感じられるスポットであり、大阪観光にもおすすめです!

    緒方洪庵らが生きた時代と同じく、現在も疫病の脅威にさらされているなか多くの医療従事者が日々闘ってくれています。この適塾で医学や科学に生涯をささげた人々の魂は、時代を超えて今も脈々と受け継がれていることでしょう。

    帯刀コロク

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